紡木たく

あの夏が海にいる

 デビュー作、「待ち人」をはじめ紡木たく初期の5作収載。
 2年後の「ホットロード」以降は作品のスタイルに一貫性があるが、やはり初期の作品は模索が感じられ、かえって新鮮である。
 自己内省型の主人公という方向性は初期のこの作品群からも一貫されているが、後期の作品にちりばめられる紡木たく特有の演出色がこの時期にはまだ希薄である。

 個人的には、「サンセットイメージ」、デビュー作の「待ち人」は出色の出来と評価したい。とりわけ「サンセットイメージ」は、ごく僅かなストーリー展開の中で心の中の静と動を描きわけ、見事に精神のバランスを表現している。素直に涙が流せる一作。後の紡木たくの作品を物語る礎のような気がする。
作成:02/04/23 加筆修正:02/05/03

やさしい手を、もってる

 「やさしい手を、もってる」「あのひとの車で」「新しい友だち」「横浜・14才・由子」、4作収載。
 「ホットロード」につながっていくような作品群。

 「横浜・14才・由子」はラスト数頁に人の心の痛みを知る。

 「新しい友だち」は紡木たくにしては明るいラブコメ。爽やかな結末。
 オーラスで彼女への告白がいかす。

「やっとわかった。おまえ 友だちにしとくにはもったいねえよ・・・」
作成:02/06/07

机をステージに

 校内でいつも問題を起こすバンドグループ、「マーガレット」。型破りな彼らは教師達に目を付けられ、"常識的"な一部生徒達からも理解されない。
 平凡な人生を歩んできた真紀(まき)はふと、彼らの素顔を垣間見てしまう。誰よりも自由に、そして誰よりも学校が好きな彼らを。

 本当に感動できるには私も少し歳をとり過ぎてしまったような気がするが、若かりし頃(?)に読んだ井上靖の「夏草冬涛」や「あすなろ物語」のような思春期の群像をモチーフにした小説の匂いがする。哀しさと爽やかさの交錯する作品である。
作成:02/04/19 加筆修正:02/05/03

純-JUN-

 母親と早くに死別し、飲んだくれの漁師の息子として祖父母に育てられた厚保(あつ)、両親の離婚に心揺れる純(じゅん)。厚保は浜育ち故気性も荒いが、根は優しい。純はそんな厚保に心を開く。

 厚保の不器用な愛情表現と、彼を取り巻く仲間達の友情が光って描かれている。エンディングはハッピーエンドとは言えないが、未来につながる明るい別れ故に涙を誘う。
作成:02/04/23 加筆修正:02/05/03

かなしみのまち

 育児ノイローゼで対人恐怖症の母親を持つ女の子、祐(ゆう)が小学生から中学生にかけて多感な時期を過していくストーリー。
 一つ年下の男の子、峰(みね)は祐と正反対の暖かい大家族に育つが、いつも諸事に落胆している祐のことを力づけてくれる。やがて祐は告白された別の男子のことが異性として好きになっていくが、峰のくれたやさしさや強さが忘れられずに苦悩する。

 紡木たくの得意な心象画とあいまって、とうてい小中学生とは思えないような名セリフと深い愛を語る峰がなかなかカッコよく描けている。
作成:02/04/19 加筆修正:02/05/03

みんなで卒業をうたおう

 「みんなで卒業をうたおう」「これからも ずっと」「うまくいえない」の3作収載。

「みんなで卒業をうたおう」
 誰にも公平に過ぎ去る時間。誰もが出会いと別れを一瞬のうちに経験してしまう青年期。
 卒業していく憧れの先輩に寄せる淡い想いを訥々と描き、せつなくも懐かし。

「これからも ずっと」
 現実に行き詰まった人はこれを読むべし。人生は理屈でないということを若い感性で訴えかけてくれる。無鉄砲という言葉で評すのではなく一歩踏み出すことが大切と語りかけているような気もするが、こんな評価はすでに年寄視点でしかない。

「うまくいえない」
 紡木たく作品の中では珍しく、登場の男女2人の内面のみを捉えた作品。
 うまく心のうちを伝え合うことのできないカップル。文字通り「うまくいえない」二人のやり取りは、設定の巧さもあいまって、「紡木たくの作品はどうも・・」という方にもお勧めの1作。

作成:02/07/01