あした輝く

    作 者:里中満智子
    全巻数:文庫本 3巻
    出版社:中央文庫
    初版年:1998年9月
あした輝く



 昭和20年初夏、終戦前の満州は奉天から話は始まる。
 日本の植民地同様の満州で病院を営む夏樹家には「今日子」という一人娘がいる。女学生である彼女は、反日感情蠢くなか、わけ隔てなく接する気持ちと明るさから現地の人々に慕われる存在であった。
 日本内地や太平洋戦線の惨憺たる戦状とは裏腹にのんびりとした日常が流れていくが、そんな折、今日子は青年衛生兵の「速水香」(はやみかおる)と知り合い惹かれていく。

 敗戦の報を知り、在満邦人は内地引き揚げの苦難の道を歩むことになる。今日子も速水との間の子供の流産、速水との生き別れといった試練の中、生後まもなく母親を失った乳飲み子の継母として生きていく決意をする。

 無事帰国した今日子は速水の実家に身を寄せ、貰い子の「明日香」(あすか)を育てていく。やがて速水も帰国を果たすが、引き揚げの時に体を壊し体調は優れないものの一家は安らぎの日々を得る。

 一方、ふとしたはずみで自らの出生の秘密を知ってしまった幼少の明日香は、両親の希望を失わない逞しい夫婦愛や、実の子ではない自分に対する深い愛に負い目を感じ、それがきっかけで自己を開放できないトラウマに陥ることになる。
 成績優秀な彼女は、病に命を奪われる父親(速水)の意思を継ぐ形で医者になるが、そんな彼女がたった一度だけ、しかし確かに愛した人、矢代健一への愛を模索していく葛藤の日々が訪れる。



 純愛大河ロマンと銘打つだけあって実に読み応えがあった。

 作者の後書きを読むと、「戦時中や戦後の混乱を風化させることなく若い人に伝えたかった。しかし、確かな愛を築いていこうとする男女の純粋で真剣な生き方を描きたいという気持ちのほうがずっと大きいものではあったが・・・」と述懐している。

 なるほど1巻の導入部では満州の状況を詳細に描写しようと試みている部分があるが、今日子と速水の愛が深まるあたりから純愛路線をひた走るようになる。引き揚げや戦後の混乱なども隠し味となっているのは間違いないが、希望を失い絶望に苛まれた時代を美しく気高く生き抜くということが、これほどにも鮮やかに読み手の心に訴えかけられるということがよく計算された作品でもある。かなり重いテーマもさらりと描き抜けていく。が、心の内面描写は丹念にかつ緻密におこなわれている。

 全編に渡って崇高な愛とかヒューマニティーで彩られているが、ここまで真面目に描ききっていると自ずと読むほうも襟を正したくなるものである。驚くべきは、この作品が初出として「週刊少女フレンド」に1972年から連載されていた事である。好評を博したようで、映画化もされたという。昨今ではこういった作品が少女漫画でも少年漫画でも掲載される可能性があり得るであろうか。こういうことで日本文化の退潮を感じてしまうのは時代錯誤と言い切ってよいのだろうか。そんなことを考えさせられた作品でもあった。

作成:01/08/26 加筆修正:02/05/05

当ページの画像は、里中満智子作、中央文庫発行の「あした輝く」1巻,3巻よりスキャンして使用しております。他に転載及び使用されることは堅くお断りします。