作 者:高橋しん
    全巻数:26巻
    出版社:小学館
    初版年:1993年10月
いいひと


「私の周りの人の幸せが、私自信の幸せです」

 こう言い切る北野優二(きたのゆうじ)は、その信条のみを掲げて一流スポーツシューズメーカー、ライテックス社に入社する。訳あって人事部長、城山の家に下宿しライテックスでの一歩を歩みはじめる。

 新入社員研修の成績が思わしくなかった彼は、LCチーム(Lady's Cretive TEAM)、俗称Lady's Cementary(女性社員の墓場)と称されるところへ配属される。
 停滞を極めていたLCチームだが、優二のストイックな人生観に触発され、男に迫害される女という観点にこだわりすぎていた彼女達に変化が現れる。やがて新商品のバレエシューズLICAの開発を成功裏に収めたが、優二は次の職場、「営業本部第一営業部」なる社内の超花形部署に配属され、老舗デパート「丸一」の担当を始める。

 丸一のフロアマネージャー石田は、優二のひたむきさに、かつての「百貨店」のあるべき姿、過去に自分が追い求めていたものを思い出す。売り場の合理化案の押し寄せる中、本来の接客は何かという問いに一つの結論を出し、丸一経営側へ反旗を翻すようなMAXPORT計画を石田と優二は実行する。

 活況を呈したMAXPORTではあったが、合理化案は予定通り遂行され、石田は丸一を去り地方のデパートへ再出発をかけ旅立つ。一方、優二は新たな任務、「販売促進事業部 陸上競技販促課 係長代理補佐」を任命される。社長の特殊任務である大学陸上部監督を遂行しなければならない優二だが、そんな任務について一切聞かされないまま富士野大学陸上部に乗り込む。
 富士野大学は過去に箱根駅伝で優勝した実績があるものの、最近では予選にも参加出来ないほどの凋落ぶり。部員は優二の自然体に触れて調子を上げていき、見事箱根本戦出場をきめ、その本戦でも復路優勝の快挙を遂げる。

 入社から1年が過ぎ、新入社員が配属される。ライテックス社員に憧れをもって入社した木田伸之介は優二と同じ販売促進事業部へ配属されるが、木田はデスクワークの業務課である。過大な期待と裏腹な業務課の仕事ぶりにすっかり気落ちした木田は五月病に陥る。そんな彼の為に優二は、課外授業ならぬ「業務時間外の"課"」を木田と、そして彼にひそかに想いを寄せる小鴨奈緒美と共に作る。"課"のやるべきことから模索し始めた3人だが、かつて水泳の選手だった木田の着眼から「好きな時に水に入ることが出来る水陸両用水着、Aqua Air(アキュエアー)」を苦労の末開発する。
 アキュエアーは事業部扱いとなり木田はめでたくもそこへ異動。一方優二は意外なことにも「社長室付秘書課係長代理」を命じられる。

 秘書課での優二は、ライテックスアメリカより本社へ帰ってきた社長の息子、岩倉健太と共にリストラを推進するはめになってしまう。健太が「人事企画室長」優二は「同課長待遇」と一応出世。健太は、社を欲しいままにしてきた父親=社長の姿がトラウマになり、ジュニアの名に嫌気がさし業務放擲状態。

 そんなリストラ推進に力を貸してくれたのが元オリンピック体操選手で、試合中のケガで棄権し挫折を味わったことのあるライテックスOLの野島ハル子。優二との2人3脚で健太を、そしてリストラの対象になっているライテックスを創ってきたベテラン社員たちを変えていく。

 リストラ事業はやがて「ReSet(リセット)」制度として実を結ぶ。入社当事に立ち返り今一度ライテックスでやりたかったことを新入社員に戻って目指すことが出来るという人事制度である。もちろん給与も新入社員と同じところからスタート。役員会は強く反発する。一方健太は、過去のトラウマと訣別し、会社が人の集合体であること、ライテックスの創業当事の未来に向けた明るさと活気を経営者として取り戻そうという気概を持ち、ReSetを真摯な説得で役員会の承認へと導く。

 優二の最後の出世は、「第一営業本部 新規コンシューマー企画室長」。
 だが、彼は「一番幸せにしたいひとのそばへ・・・」と決意し、自らReSetを使う。北海道へ残してきた恋人の妙子と共にキタノスポーツを営む為に。

とても内容の濃い作品なので、あらすじも全然まとめられなかったのですが、実際はもっと細々とした内容、特に人事部長の娘で未亡人の真理子やその他大勢の女性出演者が優二に、人間として男性として想いを寄せていく姿などが織り交ぜられながら話は進行します。特に北海道に残してきた妙子の存在も非常に大きな役割を占めています。



 まずはじめに、26巻巻末の作者あとがきからドラマ化と連載打ち切りについての一文を転載。

 正直に言うと終了を決めた直接のきっかけは、テレビドラマ化でした。テレビ局の方にドラマ化の許可を出すための条件の中に、ゆーじと妙子だけは変えないこと、という一文がありましたが、多くの方が感じたように、ゆーじは変え「られて」いました。
 私は、もうこれ以上わたし以外の誰にも変えられずに、読者の方々の中の「いいひと。」を守ること、そして同時に多くの読者の方に切ない思いをさせてしまった、その漫画家としての責任として私の生活の収入源を止めること、その二つを考え連載を終了させようと思いました。

・・・中略・・・

 関西テレビのプロデューサーの方から読者の方に対して、「現場が走りすぎたのを押さえることが出来ませんでした。申し訳ありません。」との謝罪の言葉も編集部を通してうけとっています。
 重ねて、一番の責任者である、私からもお詫びいたします。
 「皆さんと創った大切な作品を守れなくて、申し訳ありませんでした。」

 草薙剛が優二役を演じたTVドラマは確かに人気があったようだが、原作のテイストとまったくかけ離れていたことは、この作品を読むずっと以前にちらっとドラマを観た感じからも受け取れたし、何にもまして上記のようないきさつである。ドラマのほうでイメージが出来てる方々へ原作の名誉にかけて紹介した次第である。

 困っている人がいるから手を差し伸べる。他人の幸福が自分の幸せ。一歩間違えば安っぽい茶番に堕ちていきそうな単純明快さ(TVはその方向だった)だが、実際はまったく違う。実は本当の主人公は優二や妙子を囲む"ごく普通の人達"なのである。
 "ごく普通の人達"が「いいひと。」になっていくプロセスそのものがこの作品のテーマなのだ。
 誰しもが悩み、そして考え、実直な解答を知っていながらそれを実行できない。あまつさえ、ちょっとずる賢い選択枝ほどよく知っている。そんなジレンマを持つのが"普通の人達"なのだ。臆面もなく心情を吐露し、人と交わり、あるべき道を進んでいく。そんな面映さと純真さを、ゆーじ達は教えてくれる。漫画だから、いや、漫画だからこそ私達は細かい理屈を抜きにして、素直に受け入れ現実を省みることが出来るのではないだろうか。

 独特の画のタッチ(女性が年齢を問わず同じ顔つきというのは愛嬌)と世界観。会社組織内の描写などもデフォルメされつつリアリティーがちらつく部分もあり、全26巻というボリュームを飽きずに読破できる。

作成:02/03/23 加筆修正:02/05/04

当ページの画像は、高橋しん作、小学館発行の「いいひと」3巻,20巻よりスキャンして使用しております。他に転載及び使用されることは堅くお断りします。